忍者ブログ

『戦国BASARA』シリーズの史実・仮説・逸話ネタを解説するブログ

戦国BASARAシリーズの元ネタになった史実・逸話のまとめ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

蘭丸が貰った金平糖……実は当時の超高級品!

『戦国BASARA2』森蘭丸ストーリーにて。
謀反人・明智光秀を討った蘭丸は、褒美として金平糖一粒を与えられます。
この金平糖は『1000人倒す毎に金平糖一個』が本来のご褒美のレートなようですが、今回は光秀を討った功ということで一粒なのでしょう。

跳び跳ねて大喜びする蘭丸が微笑ましいエンディングです。




「金平糖を貰って喜ぶ当たり、やっぱりまだ子供なんだなぁ」と思った方、「あれだけ頑張ったのに一粒だけかよ!」も多いのではないでしょうか?

実はこれ、単にお菓子を貰ったという話ではありません。
当時の紙幣価値に換算すれば、とんでもない額の褒美を与えられた事になります。


金平糖一個=金塊と同価値!


当時の金平糖は恐ろしく高価だったと伝えられています。


また、砂糖は日本に年間150キロしかなく、砂糖を使ったお菓子を食べることは、お金持ちにしか許されていませんでした。そのため、権力の象徴として砂糖をつかったお菓子を出したり、金と同じくらいの価格で取引されたそうです。
(引用)http://hamaji94.tumblr.com/post/96252861903/砂糖は金と同じ価値だった信長のシェフで描かれる戦国時代の食知識が面白い


砂糖などの甘い物は、今でこそ簡単に買えるものですが、
昔は塩と同じくらい貴重なものでした。 庶民は植物の根などから甘味を取ったといいますが、砂糖には全く敵わない位のものです。


そういった時代なので、砂糖菓子のようなものは公家や江戸大名といったお金持ちくらいしか食べられません。 当然、蘭丸位の子供はまず食べられない。

つまり、そんな時代に砂糖の塊である金平糖を貰うのは、要するに金塊を貰ったも同然の事です。


疲れると甘い物が欲しくなります。 織田軍武将全員、度重なる戦で疲れきっていた事でしょう。
そんな時に砂糖菓子、しかも当時の価値で金塊同然の物を貰ったとなれば、これは蘭丸じゃなくとも跳び跳ねて喜びます。


人気ブログランキングへ


拍手[0回]

PR

本願寺顕如が松永久秀に言ったセリフと『九十九髪茄子』について

『英雄外伝』にて、本願寺顕如松永久秀と対峙した際、顕如は句を口ずさみます。


本願寺顕如「百年(ももとせ)に一年(ひととせ)たらぬ九十九髪……。
ぬしは金の使い方を知っておるわい」


この句は伊勢物語に収録されている句と、九十九髪茄子(つくもがみなす)という茶器の事を指しています。


『伊勢物語』には、「百年(ももとせ)に一とせ足らぬ九十九髪 我を恋ふらし俤(おもかげ)にみゆ」と記録されている。
 
九十九髪茄子とは松永久秀が所有していた茶器です。
信長に献上され、本能寺の変で焼失したとも、焼け跡から発見されたとも言われています。
 
松永久秀が所有していた茶器といえば、平蜘蛛茶釜以外に有名なもので九十九髪茄子(つくもなす)があります。
(中略)
その後、持ち主は転々と変わり、同時に値も上がっていきました。
詳しい経路は不明ですが、松永久秀が手に入れる際は、1千貫を費やしたとされています。
九十九とは「百にひとつ足りない=満ち足りない」という意味があります。
戦国BASARAの松永久秀と言えば、どれだけの宝を奪っても満足しない人物です。


つまり本願寺顕如のセリフは、「例えどれだけ金を使って物を手に入れても、その心は決して満たされる事の無いという久秀を痛烈に皮肉っているのです。




しかしあの状況で伊勢物語の一説を引用するとは……。
経文も覚えない程の生臭坊主として有名な顕如ですが、教養はあるようですね。

人気ブログランキングへ

拍手[1回]

【元ネタ?】最上義光が名前を間違えるのは、自分が「よしみつ」と間違えられていたから?

最上義光は他の武将の名前をよく間違えます。
 
わざとではなく、素で一部を除き人の名前を覚えられず、作中で「安藤」「田中」と勝手な名前で呼ぶ癖がある
 
これはおそらく、最上義光自身が名前を間違って覚えられていた事に由来する設定です。


最上義光(もがみ よしあき)


最上義光の読みは「もがみ よしあき」です。
ですが、後に妹・義姫に宛てた手紙が発見されるまで、「よしみつ」と呼ばれていました。
戦国時代の人物の多くは、ルイス・フロイスの日本史に記録されている人物以外は、基本的に名前の正確な読みが不明な場合がほとんどである。そういった中でも「最上義光」と書いて「もがみよしみつ」と読まない理由は、妹・義姫宛の手紙に、ひらがなで「よしあき」と書いてあったからである。
この手紙が発見されるまでは「よしてる」や「よしみつ」と呼ばれていた。
 
(この文章を打っている私も、義光は「よしあき」では変換できず、「よしみつ」と打って変換しています)



ここから察するに、『”名前を間違えられていた”という歴史をネタにして、最上義光のキャラ設定にぶち込んだ』のだと思われます。



「よくも長いこと我輩の名前を読み間違えてくれたね! なら我輩も君達の名前を間違えて呼んであげるよッ!」という義光の声が聞こえてくる気がしますねぇ。




作中の義光は本当に名前を間違えて覚えています
台本にも「(※天然です。本当に間違っています)」と書いてあるように、わざとではなく本当に覚え違いをしているらしいです。



ですが中には、どう考えてもわざと間違えているようにしか聞こえない……そんなセリフがあるのも確かです。



○真田幸村に対して「やぁ猿田君!」
(幸村の部下は飛佐助)
○豊臣秀吉の名前を、間違えて”夢吉”と呼ぶ
(※夢吉とは前田慶次が連れているサルの名前)
○片倉小十郎と対峙した時のセリフ
片倉小十郎「テメェは一体いつまで皮を被り続けんだかな」
最上義光「何のことかね片倉…おっと間違い片栗君!」



……コイツわざと間違ってね?


BASARAファンの皆様はこうしたセリフから、最上義光というキャラを深く考察しています。
果たして義光の覚え違いは素なのか、わざとなのか。
皆さんはどちらだと思いますか?

拍手[0回]

フェンシング使い・義光の武器はなんと史実ネタです!

戦国BASARA3で登場した最上義光は、なんとフェンシングの使い手でした!
刀よりも細く直線的な剣を持ち、突き技を主体にして戦っています。
(もしかしたらフェンシング似の我流剣術なのかもしれませんが)



「いくら戦国BASARAでもBASARAすぎるだろw」と思った人も多いでしょう。


ところが、この最上義光の持つ剣は、なんと史実ネタです。
実在した最上義光もこのような鉄製の棒を持って戦っていました


最上家に伝わる指揮棒



最上家には鉄製の棒が家宝として伝わっていました。

これは最上義光が愛用した鉄の指揮棒(写真右は鉄扇)です。代々最上家に家宝として伝わりました。長さが86.5センチ、重さは1750グラムあります。普通の刀の倍の重さです。義光がこれを実戦で用いていたとすれば、かなりの腕力の持ち主であったことがうかがわれます。
 
画像がこちら。

この指揮棒で味方を指揮したり、敵兵を殴って攻撃したとされています。 刀というのは意外と重く扱い難いものですが、この指揮棒は刀以上の重さです。



戦では敵味方問わず鎧兜や具足を着けていますよね。 こういう場合、刀で斬りつけるのはほとんど効果が無く、具足の隙間を突き刺したり、硬いもので殴った方がダメージを与えることが出来ます。
そう考えると義光の武器&攻撃方法はなかなか忠実に再現されていると言えます。


しかし刀より重い鉄棒を武器として使うとは……義光はどのような腕力の持ち主だったのでしょう。
もしかしたら島津義弘並みの豪腕の持ち主だったのかもしれませんね。

人気ブログランキングへ

拍手[0回]

【戦わずして勝つ!】最上義光の騙まし討ちは『知略家』としての戦い方である

『戦国BASARA3』で登場した最上義光
義光の技には以下のように、騙し討ちが多くあります。


(※殴りたい、この笑顔)

・わざと体制を崩し、敵が油断した隙に突きを繰り出す。
・空を指差し、敵が注目している隙に回し蹴りを放つ。
・敵のもとにジャンピング土下座をし、油断した隙に敵を空中へ突き上げる。
・優雅に玄米茶を飲み始め、敵に隙を見せてカウンターを繰り出す。



……などなど。
騙まし討ちというと小悪党なイメージが持たれそうですが、義光の場合は掴みどころの無いキャラなので『狡猾』という言葉が似合うでしょう。。


この義光の騙まし討ちは、史実における最上義光が諜略を駆使した事が元ネタです。
 
義光の戦いの特色として謀略が真っ先に思い浮かべられることが多いが、その裏には合理性と無意味な殺戮の忌避がある。
 



謀略とは「相手を欺くような手段・方法・計画やもくろみ」を差します。

義光は単純な力と力のぶつかり合いよりも、謀略を駆使した戦略的な勝利、すなわち「戦わずして勝つ」事を重視していたようです。


1573年に最上家前当主の最上義守との間に起きた内乱、【天正最上の乱】が有名です


 
やがて義守と義光の対立が起こる。
(中略)
戦況は当初義守優位で進んだが、やがて義光が巧みな戦略で盛り返し、義光方の勝利で終わる。こうして最上家は伊達家から完全に独立し、義守と義光は和解する。 


力持ちであったため、武術に優れていたと同時に謀略・調略・説得と言った戦わずして勝つ知略を駆使した。そのため「羽州の狐」「虎将」「出羽の驍将」の異名を取る。 


『宴』では東軍の軍力を上げる作戦の一つとして、まつを人質にしようとしました。 さらに、どうしたら人が喜ぶかという『人心掌握術』に長けている一面もあるなど、「羽州の狐」と自称するだけの実力を持っています。


コミカルなキャラに隠れがちですが、これらを意識して戦国BASARAをプレイすれば知略家としての義光が見て取れるでしょう。

拍手[0回]

  

忍者カウンター

プロフィール

HN:
農民
性別:
非公開

PR

Copyright ©  -- 『戦国BASARA』シリーズの史実・仮説・逸話ネタを解説するブログ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by petit sozai emi / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]