忍者ブログ

『戦国BASARA』シリーズの史実・仮説・逸話ネタを解説するブログ

戦国BASARAシリーズの元ネタになった史実・逸話のまとめ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【ステージネタ】『山崎布陣戦』の総大将はなぜ明智光秀なのか

バサラのステージである『山崎布陣戦』。
頂上に明智光秀が待ち構えているステージです。


落石のイベントがあり、進軍が遅ければ明智側に利用され、早ければ逆にこちらが落石を利用して有利になる。
途中の名前付き武将を倒しつつ、いかに速く落石ポイントにたどり着くか。
チャレンジした方も多いかと思います。


この山崎布陣戦は歴史上の戦、『山崎の戦い』が元ネタです。


山崎の合戦(山崎の戦い)は「天王山の戦い」とも呼ばれる合戦で、1582年(天正10年)6月2日の「本能寺の変」を受け、備中高松城の攻城戦から引き返してきた羽柴秀吉の軍勢(約4万0000)が、6月13日に摂津国と山城国の境に位置する山崎の地(現在の京都府乙訓郡大山崎町付近)において、明智光秀の軍勢(約1万6000)と激突した戦いのことです。
http://kojodan.jp/castle/252/memo/974.html

信長を討ち取った光秀が秀吉と対峙した戦です。


あのステージは本能寺の変の後。
後の『3』の設定を踏まえれば、信長が討ち死にし、蘭丸や濃姫も共に死亡した後になります。

山崎布陣戦に光秀以外の織田軍武将が出てこないのはこれが理由です。



本能寺の変は有名ですが、その後の明智光秀がどのように討ち死にしたかを覚えている人はあまりいません。

山崎の戦いまでをセットで説明出来ると、ちょっとだけ凄いと思われるかもしれませんね!?

拍手[0回]

PR

実はバサラ屈指の知将? 明智光秀の知的な面が描かれるシーン

バサラ作中の明智光秀は『殺戮を好む異常者』として設定されています。


『宴』では光秀の複雑な心情が描かれ、完全な異常者ではないという印象を持った人も多いでしょう。

さて、バサラではあんな感じに描かれてしまった光秀ですが、実際の明智光秀はかなり知的な人物でした。


文芸に優れ、織田家の文官として力を発揮したと言われています。



バサラの光秀にも少なからず知的な面が引用されています。




明智光秀の知的なシーン

1.他のキャラに比べて、圧倒的に言葉使いが綺麗。(実際の光秀もかなり綺麗な標準語を話したとされる)

2.基本的に敬語であり、アニメではそれが協調されている。

3.兵法の心得があり、
実写ドラマでは敵方の動きを予測した

4.同じくドラマで、伊達政宗と真田幸村の蒼紅コンビに奇襲を仕掛ける

5.山崎布陣戦では落石を使うなど、地形の利を得て戦う

6.敵の防御力を下げる『腐食香炉』を使うなど、卑怯でありながら有効な戦法も使う

7.『4』では針のむしろ状態の柴田勝家に対し、あくまで中立の立場で接する(周りの雰囲気に流されない)




ザッと上げただけでもこの通り。
異常者のイメージに隠れがちですが、よく見ると文武ともに長けた人物だと読み取れます。



ただバサラ中では本当に隠れているんですよね。 それくらいキャラが濃い。


また、こんなに意識してキャラが作られたのかは定かではありません。

「基本的に敬語」と書きましたが、敬語なんてのは『キャラの異常性・ラスボス感を引き立てる為の素材』として使われる事も多いですし。
(『ドラゴンボール』のフリーザとか)



光秀は好きなキャラなのて、どうしても贔屓目で見てしまいます。



皆さんも今一度、明智光秀というキャラを深く見てみてください。
きっと隠れた知性が見えてくるはずです。

拍手[0回]

光秀が持っていた織田信長の兜、実は○○だった……

『宴』の天海ストーリーにて、本能寺の変を起こした後の明智光秀が描かれました。
そこで光秀は信長の兜を大事に持っています。


信長の兜を片手に各地をさ迷い、戦いを繰り広げます。
戦いの後には「お怪我はありませんでしたか……?」と、信長自身を思うかのように兜に語りかけます。
この時の光秀は、まるで生涯の宝物を扱っているように愛しそうな面持ちです。



さて、この信長の兜ですが。
実はこのシーンは本来ならば兜ではなく、『あるもの』が映されるはずでした。
そのあるものとは、『首級(しるし)』。
ストーリー内でも出てくる単語です。

首級とは、"この武将を討ち取ったという証拠"を指します。 かといって具足や持ち物では意味がありません。 具足なんてそこらの足軽でも身に付けています。 作中のムービーのような兜だけでは、光秀が本当に信長を討ち取ったのか分からない。
他人が見ても、「確かにこれはあの武将だ」と分かるものでなければなりません。



誰が見てもその人物だと、分かるもの……おそらく顔を想像したでしょう。
そうです。 光秀が持っていたものは兜ではなく、信長の顔。
つまり、『信長の生首』です。


勘の良い人ならすぐに分かったでしょうが、あの兜は信長の生首の暗喩だったのです。
これを踏まえて天海ストーリーを見ると、それまでとは違う見え方になるはず。
・市に兜を見せつけるシーン。 これにより市は発狂する
・光秀の愛しそうな言動。 
・「寄るな……ウジめ……これは私の物だ……!」という光秀のセリフ


全てのシーンの説得力が増します。
なぜ信長の生首が兜に置き換えられたかというと、もちろん『あまりにも生々しいから』です。 ただでさえ天海ストーリーは、『英雄外伝』のお市ストーリーに匹敵するほどの暗い話です。 そこに生首など映そうものなら、間違いなく『宴』はZ指定を受けてしまいます。
それを回避する為に兜に置き換えられました。 (それでもシリーズで初めて15才以上対象になりましたが)


ただ、ハッキリと描写しない事で余計に生々しい出来になったような気もしますね。

拍手[0回]

  

忍者カウンター

プロフィール

HN:
農民
性別:
非公開

PR

Copyright ©  -- 『戦国BASARA』シリーズの史実・仮説・逸話ネタを解説するブログ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by petit sozai emi / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]