『戦国BASARA』シリーズの史実・仮説・逸話ネタを解説するブログ
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- 2015.11.16 【六文銭】真田幸村が首に下げている『6枚の古銭』について
- 2015.11.05 真田幸村は実在しない!?
【六文銭】真田幸村が首に下げている『6枚の古銭』について
- 2015/11/16 (Mon) |
- 真田幸村 |
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戦国バサラの初代主人公格、真田幸村。
幸村は小銭を紐に通し、ネックレスのように首に下げています。
(画像引用:http://www.cospa.com/detail/id/0000028478)
言うまでもなく、これは真田氏の家紋です。
言うまでもなく、これは真田氏の家紋です。
バサラ技を発動した時にも画面に大きく六文銭が描かれるように、この六文銭は実在した真田氏が家紋として用いていました。
真田氏の家紋(右)
日本における仏葬での副葬品の冥銭のこと。六道銭ともいう。
この家紋は真田家初代当主、真田幸隆のころから使われています。
本来これは死を連想させる不吉なものなのです。 しかし真田氏は『主の為にいつでも死ぬ覚悟は出来ている』という忠義を表す為にあえてこれを家紋にしたとされています。
本来これは死を連想させる不吉なものなのです。 しかし真田氏は『主の為にいつでも死ぬ覚悟は出来ている』という忠義を表す為にあえてこれを家紋にしたとされています。
真田家の旗印である「六文銭」は三途の川を渡るための船賃という不吉な意味であるが、幸綱はかつて仕えていた山内上杉家を見限り、身命を賭して武田家に仕えて家名を残す覚悟で、この旗印を用いたとされる。
真田銭という通称もあり、真田氏=六文銭というイメージが定着しています。
幸村は主君である武田信玄を、もはや崇拝といえるレベルで慕っています。
信玄の為なら命を賭けるのも惜しくないという、幸村の決意の表れといえますね。
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真田幸村は実在しない!?
- 2015/11/05 (Thu) |
- 真田幸村 |
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武田軍武将、真田幸村。
第1作『戦国BASARA』から登場しているキャラクターで、バサラ初期の主人公格。
伊達政宗とはお互いにライバル的ポジションの勇猛な武将です。
作中では「武田の若き虎」という異名を持つ、作中随一の熱血漢。
『3』では武田軍総大将になった幸村が、大将として成長していく姿が描かれます。
主人公格の座から身を引いた後も活躍しているキャラです。
その真田幸村ですが、実は歴史上に”真田幸村”という名前の人物は存在しないという事をご存知でしょうか?
実在or創作?
結論から言えば、真田幸村は創作上の人物です。
厳密には実在した武将をモデルにした、歴史小説のキャラということです。
真田幸村という名前の初出は歴史小説、『難波戦記』です。
モデルになったのは真田信繁。
こちらもれっきとした武田軍の武将です。
歴史上の記録では幸村ではなく「信繁」という名前が出てきます。
つまり、戦国BASARAの真田幸村は、もともと創作上の人物をモデルにしたキャラであると言えます。
(もちろん信繁は実在の人物なのですが)
『真田三代記』は有名な真田十勇士が出てくるなどしており、後の世にも影響を与える程の人気作品でした。
古い時代に書かれた軍記物というと、あたかも実際に起こった事をそのまま書いているように思う人もいるかもしれません。
ところが、意外に作者のオリジナル設定が組み込まれている場合が多いです。真田十勇士も創作上の集団ですし。
幸村が定着したのはそのオリジナル設定を組み込んだ作品がウケたからだといえます。
幸村好きの人は、モデルになった真田信繁の事も調べてみると良いです。
本当に伊達家と死闘を繰り広げたりしているので、幸村ファンは是非チェックしてみてください。
第1作『戦国BASARA』から登場しているキャラクターで、バサラ初期の主人公格。
伊達政宗とはお互いにライバル的ポジションの勇猛な武将です。
作中では「武田の若き虎」という異名を持つ、作中随一の熱血漢。
『3』では武田軍総大将になった幸村が、大将として成長していく姿が描かれます。
主人公格の座から身を引いた後も活躍しているキャラです。
その真田幸村ですが、実は歴史上に”真田幸村”という名前の人物は存在しないという事をご存知でしょうか?
実在or創作?
結論から言えば、真田幸村は創作上の人物です。
厳密には実在した武将をモデルにした、歴史小説のキャラということです。
真田幸村という名前の初出は歴史小説、『難波戦記』です。
真田氏で特に有名なのは大坂の陣で活躍した真田昌幸の二男である真田幸村ですが、実は幸村という名前は江戸時代の軍記小説作家によって作られた創作であるという説が有力です。
(引用:http://www.rokumonsen.com/source-of-future/sanada-db/s-family/sf-hanshu/a-sanada-reimei-gr/4-s-masayuki-family/c2-s-nobushige/s-nobushige-naming/)
モデルになったのは真田信繁。
こちらもれっきとした武田軍の武将です。
歴史上の記録では幸村ではなく「信繁」という名前が出てきます。
「難波戦記(なにわせんき)」で、初めて真田昌幸の二男が「真田幸村」として軍記小説に登場したとされ、その後、「真田三代記」などが出版され、真田幸村や忍者部隊など幸村の家臣達が活躍する物語は人気になり、「真田幸村」の名前が急速に広がっていきました。
(引用:http://www.rokumonsen.com/source-of-future/sanada-db/s-family/sf-hanshu/a-sanada-reimei-gr/4-s-masayuki-family/c2-s-nobushige/s-nobushige-naming/)
つまり、戦国BASARAの真田幸村は、もともと創作上の人物をモデルにしたキャラであると言えます。
(もちろん信繁は実在の人物なのですが)
『真田三代記』は有名な真田十勇士が出てくるなどしており、後の世にも影響を与える程の人気作品でした。
古い時代に書かれた軍記物というと、あたかも実際に起こった事をそのまま書いているように思う人もいるかもしれません。
ところが、意外に作者のオリジナル設定が組み込まれている場合が多いです。真田十勇士も創作上の集団ですし。
幸村が定着したのはそのオリジナル設定を組み込んだ作品がウケたからだといえます。
幸村好きの人は、モデルになった真田信繁の事も調べてみると良いです。
本当に伊達家と死闘を繰り広げたりしているので、幸村ファンは是非チェックしてみてください。
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